日本語教師わかばのことばが好きになるブログ

日本語教師わかばのことばにまつわるあれこれ。ライターもやってます。旅行と映画と本が好き。

根源は同じ!PTA問題と日本語学校待遇問題の類似点3つ

ここ数年、PTAには悩まされ続けています。

というわけで退会の決意を固めた次第です。

 

こんにちは。

わかばです。

f:id:wakaba78:20190416094906j:image

昨日はこんなツイートをしました。

完全なる愚痴ツイートです。

ですから、すぐに削除しようと思いましたが、

思いの外、たくさんの方に反応いただき、

感謝しています。

 

 

昨日、ママさんたちが盛大に愚痴と陰口はいうものの、

行動にうつすとなると腰が引けてしまう様子を目の当たりにしました。

それについて、思いを巡らせていると、

PTA問題と日本語学校待遇問題には、

ある種の共通点があると感じました。

今日はそれについて書きます。

 

人質をとられている点

例えば、PTAにせよ、日本語学校にせよ、

そのシステムに不満を感じ、

改善を求めるとします。

 

その場合、PTAであれば、学校側やPTA本部、

学校であれば経営陣が相手となります。

 

例えば、PTAを脱退するとなった場合、

「卒業式の記念品はPTA会費から出ているから、

 非加入の児童には渡せません」とか

「夏のイベントには非加入の児童は参加できません」とか

そういうことになってくるわけです。

(まじで?と思った方「PTA非加入」でググってください)

 

うちの場合は、「それもやむなし」と考えていて、

子供にも説明しています。

それについては物分りが良く

「お母さんがしんどい思いして、イベント行っても楽しくないよ」

と言ってくれました。娘よ!

 

だけど、やはり母親としては子供の悲しむ顔は見たくない。

それなら、嫌だけどしぶしぶPTAに加入するという結論になるのです。

 

まあ、子供を人質にとられている状態。

 

日本語学校でいうなら、コマ給でしょうね。

経営陣の耳に痛いことを言ったら言ったで、

コマ数を減らされるのでは?

という不安がつきまとうでしょう。

日本語学校の給料を生活の糧としている方々には、

おいそれと「改善を求める」というわけには

いかないわけです。

 

つまり、行動にストップをかける存在があるということ。

それについては、どこまで「覚悟」できるか?

覚悟が問われているのだと思います。

 

既得権益者がいる点

次にじゃあ、人質を取っているのは誰なのか?

という問題です。

 

それはやはり、日本語学校で言えば経営陣、

非常勤でなく、専任で正規職員でしょう。

正規職員と非正規職員には

システム上、高い壁があります。

それは、ただのシステムであるのみなのに、

管理する側と管理される側であるのだ

というような勘違いをされる方がたまにいます。

 

PTAにしてもそうでしょう。

予算を扱えて、要請を出せる(PTA役員に仕事を与える)

全てのPTA会員の上に立っているのだ

と勘違いされている方もいます。

こちらも管理する側とされる側だと勘違いされている方もいますね。

 

以前、PTA会長に作成中のお便りの目通し(チェック)などは、

Eメールの使用を許可してほしいと訴えましたが、無駄でした。

家でプリントしたものを、

手で学校に運ばなければならないのです。

そう、現在が「令和」という新しい時代を迎えようとしている

2019年であるにもかかわらず!!

 

しかし、公立校、日本語学校なら全てそうか?

というとそうではなく、公立中学校にはこんな方も

いらっしゃいます。今話題ですよね。

学校の「当たり前」をやめた。 ― 生徒も教師も変わる!  公立名門中学校長の改革 ―

学校の「当たり前」をやめた。 ― 生徒も教師も変わる! 公立名門中学校長の改革 ―

 

 つまりは人なんです。人の意識。

 

「私は管理する人間だから、ルールを守るように厳格に指示を出す」

ことを自分のなすべきことと考えるか?

 

「自分のいる組織が存在する目的は○○だから、それの実現のために力を尽くす。

 それに協力してくれる人は皆仲間」

と考えて仕事に取り組むかの違いだと思います。

 

日光東照宮である点

そうは言っても、日光東照宮なんですよ。

いやいや、すみません。

「見ざる、言わざる、聞かざる」ということです。

 

それが一番楽な生き方なんです。

 

問題があると知っていても「見ない」

「それが問題である」ということを「言わない」

また、会員や労働者が改善を訴えてもそれを「聞かない」

だって、それが一番楽ですからね。

誰もが変化を嫌う。

なぜなら、その先はどうなるかわからないから。

もしかしたら、今より悪くなるかもしれないから。

 

それなら、今の状態が一番いい。

たとえ、それがいい状態ではないとわかっていても。

みんながそんな風に考えるようになっている今、

社会に閉塞感が漂っていて当然ではないでしょうか。

 

あるヨーロッパの学生が言いました。

「私の国の人間も陰で悪口言いますよ。

でも、表でも言います。日本人は表では絶対に言わない。

これは本当にびっくりしました。」

 

 

PTA問題なんて、私が子供の頃からあったと思う。

今、なんとかしなければ、20年後、30年後に娘も苦しむでしょう。

 

未来は自然に変わっていると思うのは間違い。

それは変えた人がいたからです。

何もしなければ、何も変わることはありません。

 

では、また〜。

 

こちらもどうぞ

 

www.wakaba-nihongo-writer.net

www.wakaba-nihongo-writer.net

www.wakaba-nihongo-writer.net

スポンサーリンク