日本語教師わかばのことばが好きになるブログ

日本語教師わかばのことばにまつわるあれこれ。ライターもやってます。旅行と映画と本が好き。

今に活きる海外で教えた経験(わたしの場合)

ブログの記事が300記事を超えました!

ブログは100記事、300記事、1000記事と言われる通り、

徐々にアクセスが増えてきました。

読んでくださっている皆さま

本当にありがとうございます。

 

おはようございます。

わかばです。

 

わたしはこのブログのプロフィールにも書いている通り、

販売職→事務職を経て養成講座に通い、

日本語教師となりました。

 

日本語教師になった最初のステージは中国でした。

(どのように中国にとんだかはここでは割愛)

それも中国内陸部

(中国のどこなのかも一応割愛)

 

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中国でのわたし

 

今はアラフォーのわたしですが、

このときはまだ20代半ばでした。

 

中国語は独学でひととおり勉強していましたが、

中国そのものについてはほとんど何も知りませんでした。

 

(20年前の話ですので、今は状況が全然違うと思います)

 

また、留学は経験していましたが、

海外で働くというのは初めてでした。

 

中国語があまりできないのと、

不慣れな海外生活だというので、

何をするにも、世話係の中国人日本語教師のYさんに

訊かなくてはいけないのも、

しんどかったです。

 

最初、自由に動き回れないことは苦痛でした。

 

その後、徐々に慣れて行きましたが、

一人の時間がすごく多くて孤独を感じていました。

当時よく使っていたMSNメッセンジャーで

日本の友達とチャットをしていたことを

憶えています

 

また、日本語教師としてもデビュー戦。

35人くらいのクラスを教えていました。

いつも中国人日本語教師が授業に入り、

わたしの言葉を通訳したりするのに困り、

それについての話し合いとかもしていました。

 

そんなこんなで

なんとか1年が過ぎたころ、

反日デモが起こりました。

日本語のクラスも減り、

日本人として、その場にいづらくなりました。

もちろん優しくしてくれた中国人の先生たちも

たくさんいました。

 

でも、これ以上は無理だと思いました。

早急に答えをだそうとしていたのは、

若かったのもありますね。

今ならもう少し様子を見守れたかもしれません。

 

とざっくりこんな感じの中国生活でした。

そんな経験が今の仕事の役にたってるな

と思うことは以下の4つです。

 

・中国関連の仕事があれば振ってもらえる

・学生の中国語がわかる

・日本の常識で「?」という行動をしても「そうやろな」と思える

・たったひとりの辛さが想像できる(かといって何もできない)

・自由に動けないもどかしさも想像できる(かといって何もできない)

 

日本でつらい思いをしている若い先生は、

海外に飛び出してみるのもいいです。

海外でもつらい思いをするかもしれませんが、

それはそれでいい経験になると思います。

 

わたしも卒母したら、飛び出したいです!

 

では、また~

 

無関係記事☆京都散歩記事です。

 

 

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